ルーゴン=マッカール叢書第一巻刊行は一八七〇年。最終巻は一八九三年。日本においては、比較的手に入れ易い『ナナ』『居酒屋』を除いて、すっかり古典文学として研究の対象と定着しているようだ。そのためか訳も逐語の正確さに重きを置いた硬すぎるものが多いようである。確かにそれも意義のあることであろうけれど、一般の人々にはとても馴染めないものだ。当然のことながらエミール・ゾラ自身は学者でも研究者でもない。彼は小説家であり、しかも今で言う「ベストセラー作家」だった。テレビも映画も無い時代、彼の小説は多くの人々に受け入れられた一大エンターテインメントだったはずだ。そこに批評はあったとしても、彼を師として仰ぐ同業者以外に「研究」の入り込む余地などあろうはずもない。実際にルーゴン=マッカール叢書は、万人に読む楽しみを与えてくれる魅力的な物語だ。しかし、前述のような「古典文学研究」がその魅力を陰らせてしまっている。いきおい作家としての人気も今一つだ。
これは長く私が残念に思っていたことだ。私はその古い型を打ち破り、読むことの楽しみを求める読者にエミール・ゾラを届けたい。逐語的こだわりを脱し、美しい日本語をもって素晴らしい物語の世界に人々を誘いたい。普遍的な感動と感銘をもって受け入れられてこそ文学は価値を持つのであるから。ときに私の訳は逐語に忠実でないとの批判を受けるかもしれない。しかしそれは誤訳ではない。単語の一つひとつにこだわらなくとも、文を通して、段落を通して、章を通してその正しさが浮かび上がり、さらには巻を通して、叢書全体を通して、それが正しくゾラであると証明されるだろう。
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